大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)124号 判決 1988年3月10日

東京都板橋区氷川町三四番一一号

原告

猪股力

右訴訟代理人弁護士

山本裕夫

川崎浩二

清水洋

斎藤義房

下林秀人

東京都板橋区大山東町三五番一号

被告

板橋税務署長

内薗惟幾

右訴訟代理人弁護士

島村芳見

右指定代理人

山内敦夫

中川和夫

小野雅也

主文

1  被告が昭和五六年三月七日付けでした原告の昭和五四年分所得税の更正のうち、総所得金額二七九万一六一六円、納付すべき税額二五万六〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定のうち九九〇〇円を超える部分(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。)を取り消す。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五六年三月七日付けでした原告の、

(一) 昭和五二年分所得税の更正のうち総所得金額の一四〇万四〇〇〇円、納付すべき税額七万三八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。)

(二) 昭和五三年分所得税の更正のうち総所得金額一二七万六〇〇〇円、納付すべき税額五万五〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも一部取り消された後のもの。)

(三) 昭和五四年分所得税の更正のうち総所得金額一三一万七〇九〇円、納付すべき税額五万七四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。)

をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  更正及び過少申告加算税賦課決定処分

原告は、昭和五二年分から昭和五四年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税につき、それぞれ、別紙一ないし三の各番号1のとおり法定申告期限までに確定申告したところ、被告は、昭和五六年三月七日付けで、右別紙の各番号の2のとおり、更正(以下、「本件更正」といい、各年分の更正については「昭和五二年分更正」のようにいう。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」といい、各年分の賦課決定については「昭和五二年分賦課決定」のようにいい、本件更正及び本件賦課決定を併せて「本件処分」という。)をした。

2  不服申立ての経由

原告は、本件処分に対し、別紙一ないし三の各番号3のとおり異議申立てをし、これに対して被告は、右別紙の各番号4のとおり異議決定をし、これに対して原告は、右別紙の各番号5のとおり審査請求をし、これに対して国税不服審判所長は、右別紙の各番号6のとおり審査裁決をし、同裁決書は、昭和五八年六月四日、原告に送達された。

3  不服の範囲

(一) 所得税の調査手続の違法

被告は、本件処分に先立つて、原告の本件係争年分の所得税について税務調査(以下、単に「調査」という。)を行つたが、右調査の必要性がなかつたことに加えて、調査の事前通知及び調査理由の開示をしないで調査を行つた違法があり、また、原告に対する調査において、本件係争年分における原告の課税標準及び税額計算の内容が把握できない場合ではなかつたにもかかわらず、原告の承諾を得ないで反面調査を行つた違法があり、右違法な調査に基づく本件処分は違法である。

(二) 所得算出方法の違法

被告は、本件処分のうち昭和五二年分及び昭和五三年分の所得税について推計の方法によつて算出しているが、原告の右前年分の所得税について推計の必要性はなく、また推計の合理性もないものである。

(三) 所得の過大認定の違法

本件処分は、本件係争年分全部につき、原告の所得を過大に認定した違法がある。

4  よつて、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、裁決書が昭和五八年六月四日に原告に送達されたことは知らないが、その余の事実は認める。

3  同3の(一)のうち、被告が原告の本件係争年分の所得税につき調査を行つたこと、(二)のうち、被告が、本件処分のうち昭和五二年分及び昭和五三年分の所得税について推計の方法によつて算出していることは認めるが、その余の事実は否認し、本件処分が違法であることは争う。

三  抗弁

1  本件処分に係る調査の経緯

(一) 原告は、その所有する東京都板橋区氷川町三四番地の八〇(住居表示は同町三四番一一号)所在の作業所兼居宅(以下「原告宅」という。)で金属部品受託加工業を営むいわゆる白色申告者である。

(二) 被告は、本件係争年分の原告の所得税についてそれぞれ原告から提出された確定申告書(別紙一ないし三の各号1の内容のもの)を検討したところ、右各申告書には、いずれの年分についても「所得金額」欄に数値が記載されているだけで、「収入金額」及び「必要経費」の各欄には何らの記載がなく、所得の算出過程としては事業専従者控除に関する事項が記載されているのみであつて、被告が原告を含む白色申告書の事業所得者に対し、確定申告書用紙に同封送付して提出を依頼している収支明細書の提出もなかつたので、被告において、原告のした所得金額の算出過程、収支の状況を検討することができず、その所得金額が適正なものかどうか確認できなかつた。

そこで、被告は、原告の本件係争年分の各所得金額について調査の必要性を認め、所部の廣瀬係官に調査を実施させた。

(三) 廣瀬係官は、昭和五五年七月一六日午前一〇時三〇分ころ原告宅に臨場し、原告の妻に対して原告の所得税の調査に訪れた旨を告げた。しかし、同女は、原告が不在であると申し立てたので、同係官は、同女に対して同日午後再訪する旨告げて帰署した。

同係官は、同日午後一時三〇分ころ再び原告宅を訪れ、在宅していた原告に対し、身分証明書を提示して、所得税の調査に来た旨を告げた後、質問調査を行つた。

原告は、同係官の質問に対し、確定申告に際して、売上げについては得意先に電話で聞いて集計し、必要経費については領収書を集計し、これらの結果を板橋民主商工会(以下「板橋民商」という。)に見てもらつたうえで申告した旨答えた。

同係官が確定申告の資料とした収入支出に関する書類(以下「関係書類」という。)の提示を求めたところ、原告は、関係書類については保存していないが、板橋民商には原告の売上げ及び必要経費の金額の内訳が分かる書類がある旨申し立てた。同係官は、原告に対し、後日それらの書類を取り揃えて提示するよう要請し、これに対して原告は、即座に板橋民商に電話連絡したうえで、同月二三日の午前中に右書類を取り揃えて提示し、調査に応じる旨答えたことから、同係官は原告宅を辞去した。

(四) 廣瀬係官は、同月二三日午前九時三〇分ころ原告宅を訪れたところ、原告のほかに板橋民商の事務局員及び同会員とおぼしき者五名(以下、この項において「立会人ら」という。)が同席していた。同係官が臨場すると、原告の指示により、立会人らの一人があらかじめ用意していたカセットテープレコーダーのスイツチを入れた。同係官は、原告に対し、調査内容を録音されると原告はもとより原告の取引先等第三者の秘密が公になるおそれがあるから、テープレコーダーのスイツチを切るよう要請したが、原告はこの要請に全く応じなかつたので、同係官は、五ないし六分後に再訪する旨告げて帰署した。

同係官が帰署した後、原告から調査の際にテープレコーダーは使用しない旨の電話連絡があつたので、同日午前九時五〇分ころ原告宅に赴いたところ、テープレコーダーは見受けられなかつたものの、依然として立会人らが同席していた。

同係官は、原告に対し、所得税の調査ではその対象が被調査者はもとより、取引先等の秘密にわたる事項に及ぶことがあるので、調査に関係のない第三者を調査場所から直ちに立ち退かせるよう理を尽くして要請した。しかし、原告は、立会人らは調査の見学に来ているのであつて、立会いに来ているのではない旨申し向けて、右要請に応じようとせず、同係官からされた再度の立会人の立退要請に対しても応じることなく、立会人らも立ち退こうとはしなかつた。

そこで、同係官は、やむを得ず調査を開始することにし、原告に対して同月一六日に約束した書類の用意の有無を尋ねた。原告は、昭和五四年分所得税の確定申告の控え一枚を提示し、提示する書類はこれだけであり、売上げ及び必要経費の金額は分からないとか、領収書は六月ころ捨てたなどというように応答し、売上げ及び必要経費の金額を明らかにしようとしなかつた。同係官は原告に対し、原告の方で売上げや必要経費の金額を調べるよう要請したが、原告は、資料がないことや仕事を休んでまで調べるようなことはしない旨応答し、同係官の右要請に応ぜず、同係官の他の質問に対しても何ら具体的な解答をしなかつた。

この間、立会人らは、同係官の質問に対して怒号を発するなど、騒然たる状態になつたため、同係官は、かかる状況下における調査は不可能であると判断し、原告に改めて来訪する旨告げて、原告宅を辞去した。

(五) 廣瀬係官は、同月二九日、同年八月一日、同月七日、同月二〇日、同月二九日及び同年九月一一日に調査のため原告宅を訪れ、原告に対し、調査に応じて売上げ及び必要経費の金額を明らかにするよう要請し続けたが、原告は、多忙を理由に調査に応じられない旨申し立てたり、資料が何もないから収支明細書はできないとか、銀行の通帳は見せないとか、財産は被告の方で調べれば分かるだろうなどと申し立て、関係資料を提示せず、時には立会人らを呼び集めるなどして、同係官の右要請に応じなかつた。

同係官は、このような原告の応対に対して、原告が調査に応じない場合には、原告の申告所得額の適否を検討するために反面調査等を行わなければならなくなる旨告げるなどして、理を尽くして売上げ及び必要経費の金額を明らかにするよう要請したが、原告はこれに応じなかつた。

(六) 廣瀬係官は、同年一一月五日、同月六日、同月一七日、昭和五六年二月一三日にも原告宅を訪れ、原告に対し、調査に応じて売上げ及び必要経費の金額を明らかにするよう要請したが、原告はこれに応じなかつた。

(七) 被告は、以上の調査経過に鑑み、原告が廣瀬係官の再三にわたる要請を無視し、売上げ及び必要経費の額を明らかにせず、関係書類等の資料を一切提示しなかつたため、本件係争年分の所得金額を実額で把握することは不可能であると考え、推計によりこれを計算することもやむを得ないと判断して、推計課税により本件処分を行つた。

2  調査の違法性

(一) 調査の必要性

所得税法二三四条一項は税務署等の職員による調査の権限(質問検査権)について規定しているが、同条項に規定する調査権の行使は専ら所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であり、同条項にいう「調査について必要があるとき」とは、調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入及び保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的に調査の必要性があると判断される場合をいい、これを確定申告後の所得税に関する調査についていうならば、右税務調査制度の趣旨からいつて、確定申告に係る課税標準又は税額等が過少であるとの疑いが認められる場合だけでなく、広く申告の適否、すなわち、申告真実性、正確性を確かめるためにも、調査を行い得るものである。

原告の本件係争年分の各確定申告書は、前記1の(二)のとおりの記載内容のものであつて、被告において原告が申告した所得金額の算出過程、収支の状況を検討することができないものであり、その所得金額が適正なものかどうか確認できなかつたのであるから、調査の必要性があつたものである。

(二) 調査の事前通知及び調査理由の開示

所得税法二三四条一項は、調査で行う質問検査の範囲、程度、時期、場所等その実施の細目については特段の定めをしておらず、これらの細目については、調査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益の衡量において社会通念上相当の限度に止どまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものである。そして、調査の事前通知や調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知のごときも、調査を行ううえで、法律上一律の要件とされているものではない。したがつて、本件処分に係る調査において、被告所部の係官及び国税調査官が調査の事前通知及び調査理由の開示をしなかつたことが、右調査における違法事由となるものではない。

(三) 反面調査の要件

調査の一方法として反面調査を行い得ることについては所得税法二三四条一項三号に規定しているところ、具体的な実施の細目については右規定及び他の法令上何ら定めがない。したがつて、反面調査を行う場合においても、客観的にその必要性があり、かつ、社会通念上相当な限度に留まる限り、その時期、程度については税務職員の合理的な選択に委ねられているものであるから、反面調査を行うに当たつて、調査対象納税者に対する調査によつては課税標準及び税額計算の内容が把握できないことが明らかであること、及び同人の承諾を得ることは要件ではなく、反面調査において右の事項を充足しないことが違法事由となるものではない。

3  推計課税の必要性及び合理性

原告は、前記1のとおり、本件処分に係る調査において、十数回にわたる廣瀬係官の要請にもかかわらず、売上げ及び必要経費に関する書類を一切提示せず、また、同係官の質問にも適確に応答しなかつた。このような調査経緯から、本件処分をするに際しては、本件係争年分の所得金額を実額で把握することができなかつたので、推計の必要性があつた。なお、昭和五四年分の所得金額は、異議申立て後に原告が同年分の外注費等の必要経費に関する領収書を提示したことなどから実額で把握できたので、本訴では、後記のとおり、実額で主張するものである。

そして本訴では、受託加工業にあつては外注費及び給料、賃金(以下「外注等経費」という。)の金額が売上金額と対応関係にあるという経験則があるから、昭和五二年分及び昭和五三年分については、調査等により把握できた外注等経費の金額を基として、実額である昭和五四年分の外注費を除く一般経費の差引収入金額に対する割合(以下「一般経費率」という。)及び外注等経費の差引収入金額に対する割合(以下「外注等経費率」という。)に基づいた本人率を用いて比率法により売上金額を推計して算定し、所得金額を算出しているものであり、昭和五二年分及び昭和五三年分の所得金額の推計については合理性がある。

4  昭和五四年分の事業所得

(一) 総収入(売上)金額 三〇四八万二八五三円

右金額の内訳は次のとおりである(なお、以下で使用する(株)は株式会社、(有)は有限会社、(合)は合資会社の略称である)。

(1) 三安精機(株) 二三五七万四八一〇円

(2) (株)高橋精機製作所 一〇九万二三四六円

(3) 高明精機製作所 一一九万六八七五円

(4) 田中機工商会 一二一万八七七五円

(5) 東亜精工(株) 二〇万六一三九円

(6) (株)澤製作所 三五万〇七八〇円

(7) パイン工業(株) 五万六三〇〇円

(8) 第一精機工業(株) 三一万九五一五円

(9) (有)高千穂精機製作所 七万二五四〇円

(10) (株)日興精機製作所 二万二二〇〇円

(11) 飯塚敏正 六万四一五〇円

(12) (株)興和精工 一万四八五〇円

(13) 豊栄製作所 七万〇三八〇円

(14) 大貞研削 六六万八八二三円

(15) (有)田中測機製作所 一七万四六五〇円

(16) レッドメタル工業(株) 四万九六〇〇円

(17) 浅田精密歯車(株) 九万二一三五円

(18) (有)山善工業 五万六一〇〇円

(19) 池田電機製作所 二万三二〇〇円

(20) (有)城北精機製作所 九万四八〇〇円

(21) 国際歯科貿易(株) 三万八五〇〇円

(22) (株)中川製作所 九〇〇〇円

(23) 岡田精機 三万〇〇〇〇円

(24) 浅沼製作所 八三六〇円

(25) 黒岩勇(黒岩研磨工業所) 九七万八〇二五円

黒岩勇(以下「黒岩」という。)は、(有)松岡製作所、(株)小宮鉄工所、江戸川精機(株)、青木正雄(青木製作所)及び(株)大旺製作所から研磨加工を請け負つていたが、そのうち円筒研磨加工を原告及び坂入製作所(以下(坂入製作所」という。)に外注していた。黒岩が昭和五四年度に受注した研磨加工のうち、原告及び坂入製作所に外注した円筒研磨加工の内訳は別紙四(なお、同別紙1は(有)松岡製作所、同2は(株)小宮鉄工所、同3は江戸川精機(株)、同4は青木正雄(青木製作所)、同5は(株)大旺製作所発注に係るものである。)のとおりであるが、黒岩は江戸川精機(株)については多くても外注費の三五パーセント、その他の受注先については多くても外注費の三〇パーセントの割合による利益を上乗せした金額を請負代金額としていた。ただし、研磨加工において焼き入れ加工を必要とするものがあり、これについては原告及び坂入製作所以外に焼き入れ加工を外注しており、この場合には、請負代金額に占める焼き入れ加工代金額は多くても請負代金額の二〇パーセントまでであるので、焼き入れ加工を必要とするものについては、円筒研磨加工の外注費、黒岩の利益及び焼き入れ加工代金を合わせたものが黒岩が受注先に請求した請負代金額である。右内訳によつて黒岩の円筒研磨加工外注費を算出すると、別紙五のとおり一〇五万四八二五円となる。そして、黒岩が坂入製作所に対して支払う外注費は月に七〇〇〇円ないし八〇〇〇円であり、この中には平面研磨加工代金が含まれており、平面研磨加工は多くても右外注費のうちの二〇パーセントを超えないので、昭和五四年分の坂入製作所に対する円筒研磨加工外注費は七万六八〇〇円(8,000×12×0.8=76,800)を超えるものではない。したがつて、原告が昭和五四年中に黒岩から支払いを受けた外注費は、右外注費総額一〇五万四八二五円から坂入製作所に対する円筒研磨加工外注費七万六八〇〇円を差し引いた九七万八〇二五円である。

(二) 売上原価 一九四〇万九二〇六円

(三) 差引収入金額 一一〇七万三六四七円

右金額は、前記(一)の総収入金額から右(二)の売上原価を差し引いた金額で、原告の受託加工料収入の合計金額である。

(四) 一般経費(外注費を除く) 八四万〇八三一円

(五) その他の経費 六六四万三六二二円

右金額は内訳次のとおりである。

(1) 外注費 六〇三万三三九八円

原告が支払つた昭和五四年分の外注費は、別紙六の「昭和五四年分」の欄に記載のとおりである。

(2) 給料、賃金 四五万一五〇〇円

(3) 借入金利子、割引料 一一万七九一四円

(4) 建物減価償却費 四万〇八一〇円

(六) 事業専従者控除額 四〇万円

(七) 事業所得の金額 三一八万九一九四円

右金額は、前記(三)の差引収入金額から前記(四)の一般経費(外注費を除く)、前記(五)のその他の経費及び右(六)の事業専従者控除額を差し引いた金額であり、原告の昭和五四年分の事業所得の金額である。

5  昭和五三年分の事業所得

(一) 差引収入金額 一一一八万七五四九円

(1) 原告の昭和五四年分の一般経費率は、前記4の(四)の一般経費(外注費を除く)八四万〇八三一円を前記4の(三)の差引収入金額一一〇七万三六四七円で除して算出され、その割合は七・五九パーセント(パーセントについては小数点第三位以下四捨五入。以下同じ。)である。

840,831÷11,073,647≒0.0759

(2) 原告の昭和五四年分の外注等経費率は、前記4の(五)の(1)及び(2)の外注費及び給料、賃金の合計額(以下、「外注等経費額」という。)六四八万四八九八円を前記4の(三)の差引収入金額一一〇七万三六四七円で除して算出され、その割合は五八・五六パーセントである。

6,484,898÷11,073,647≒0.5856

(3) 後記(三)の(1)及び(2)の外注等経費額(外注費六四七万四二九円及び給料、賃金七万三〇〇〇円)六五五万一四二九円を昭和五四年分外注等経費率五八・五六パーセントで除して算出される金額一一一八万七五四九円(円未満四捨五入。以下同じ。)が、推計される昭和五三年分の差引収入金額である。

6,551,429÷0.5856≒11,187.549

(二) 一般経費(外注費を除く) 八四万九一三五円

右金額は、前記(一)の差引収入金額一一一八万七五四九円に、昭和五四年分一般経費率七・五九パーセントを乗じて算出した金額である。

11,187,549×0.0759≒849,135

(三) その他の経費 六六九万〇五二六円

(1) 外注費 六四七万八四二九円

原告が支払つた昭和五三年分の外注費は、別紙六の「昭和五三年分」の欄に記載のとおりである。

(2) 給料、賃金 七万三〇〇〇円

(3) 借入金利子、割引料 九万八二八七円

(4) 建物減価償却費 四万〇八一〇円

(四) 事業専従者控除額 四〇万円

(五) 事業所得の金額 三二四万七八八八円

右金額は、前記(一)の差引収入金額から前記(二)の一般経費(外注費を除く)、前記(三)のその他の経費及び右(四)の事業専従者控除額を差し引いた金額であり、原告の昭和五三年分の事業所得の金額である。

6  昭和五二年分の事業所得

(一) 差引収入金額 九八九万七一七〇円

右金額は、後記(三)の(1)の外注等経費額五七九万五七八三円(外注費のみ)を、昭和五四年分外注等経費率五八・五六パーセントで除して算出した。

5,795,783÷0.5856≒9,897,170

(二) 一般経費(外注費を除く) 七五万一一九五円

右金額は、前記(一)の差引収入金額九八九万七一七〇円に、昭和五四年分一般経費率七・五九パーセントを乗じて算出した。

9,897,170×0.0759≒751,195

(三) その他の経費 五九二万九三三四円

右金額の内訳は次のとおりである。

(1) 外注費 五七九万五七八三円

原告が支払つた昭和五二年分の外注費は、別紙六の「昭和五二年分」の欄に記載のとおりである。

(2) 借入金利子、割引料 九万二七四一円

(3) 建物減価償却費 四万〇八一〇円

(四) 事業専従者控除額 四〇万円

(五) 事業所得の金額 二八一万六六四一円

右金額は、前記(一)の差引収入金額から前記(二)の一般経費(外注費を除く)、前記(三)のその他の経費及び右(四)の事業専従者控除額を差し引いた金額であり、原告の昭和五二年分の事業所得の金額である。

7  本件更正の適法性

以上4ないし6のとおり、原告の本件係争年分の事業所得金額は、昭和五四年分が三一八万九一九四円、昭和五三年分が三二四万七八八八円、昭和五二年分が二八一万六六四一円であるところ、原告には本件係争年分を通じて事業所得以外の各種所得はないので、右金額はいずれも右各年分の総所得金額と同額である。

そうすると、本件更正における右各年分の総所得金額は、いずれの年分も前記の総所得金額の範囲内であるから、本件更正はいずれも適法である。

8  本件賦課決定の適法性

本件賦課決定は、国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの。以下同じ。)六五条一項の規定に基づき、本件更正によつて納付すべき税額(同法一一八条三項により一〇〇〇円未満を切り捨て。)、すなわち、昭和五四年分については二一万円、昭和五三年分については一六万五〇〇〇円、昭和五二年分については一二万六〇〇〇円に、一〇〇分の五の割合を乗じて算出した額(同法一一九条四項により一〇〇円未満を切り捨て。)に相当する、昭和五四年分については一万〇五〇〇円、昭和五三年分については八二〇〇円、昭和五二年分については六三〇〇円の過少申告加算税をそれぞれ賦課決定したものであるから、本件賦課決定はいずれも適法である。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1(本件処分にかかる調査の経緯)について

(一)の事実は認める。(二)の事実は認めるが、調査の必要性は争う。(三)は、第一段及び第二段のうち、廣瀬係官が原告の妻及び原告に対して所得税の調査に原告宅を訪れた旨伝えたこと、第四段のうち、原告が同係官に対して板橋民商には原告の売上げ及び必要経費の金額の内訳が分かる書類がある旨申し立てたこと、原告が板橋民商に電話連絡したうえで、昭和五五年七月二三日午前中に書類を取り揃えて提示し、調査に応じる旨答えたことは否認し、その余の事実は認める。同係官は原告に対し、来訪の理由として所得の確認に来たと述べたに過ぎない。(四)は、第一段のうち、同係官が取引先等第三者の秘密が公になるおそれを理由にテープレコーダーのスイツチを切るよう要請したことは否認し、同段のその余の事実は認め、第二段の事実は認め、第三段のうち、立会人らが立ち退かなかつたことは認め、同段のその余の事実は否認し、第四段のうち、同係官が調査を開始して、原告に対し、確定申告の際に使用した関係書類の用意の有無を尋ねたことは認め、同段のその余の事実は否認し、第五段の事実は否認する。(五)は、第一段のうち、同係官が被告主張の各日に原告宅を訪れたことは認め、同段のその余の事実は否認し、第二段の事実は否認する。(六)は、同係官が被告主張の各日に原告宅を訪れたことは認め、その余の事実は否認する。(七)は、被告が本件処分を行つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2(調査の適法性)について

(一) すべて争う。

(二) 反論

(1) 憲法三一条は適正手続きを保障し、同法三五条、三八条は法律の適正な手続きによることなくその住居の平穏を害され、捜索を受けることはなく、また、意思に反して供述を強要されることのないことを保障している。右各規定に基づく保障は、刑事手続だけでなく、行政手続にも及ぶものであり、右規定に反する行政手続は意憲無効とされるべきである。

所得税法二三四条一項は所得税に関する調査を規定し、必要があるときは税務職員が質問検査することができる旨定め、同法二四二条八号で、質問検査において答弁、検査を拒否した者に対して刑罰をもつて臨み、調査の実行性を担保している。これによると、調査対象者は、税務職員の質問検査に対し、刑罰という強力な制裁によつて応答、受忍を余儀なくされ、実質上、直接的、物理的な強制と同視すべき程度の圧力を受けることになる。このような強力な実行力を有する調査は、徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を達成するために認められるものであるから適正な手続の履践が要求されるものである。したがつて、調査が徴税の便宜ということのみに偏して無限定に行われる場合には、前記憲法の各規定に反する手続というべきであり、違法である。

以上の観点に立つて調査の必要性を検討するに、我が国では申告納税制度を採用し、納税者が第一次的な納税額確定権を有しているから、申告を経たもの以外に課税標準となる所得があることを疑わせる合理的な理由と客観的な根拠がある場合にのみ、初めて、第二次的に税務署長の税額確定権が発生するというべきである。したがつて、単に確定申告書によつては税額の計算過程が明確でないというだけでは、右に述べたような調査対象者に重大な影響を与えることになる調査の必要性は生じないのである。

(2) 右のとおり、調査は、その必然性があるときにのみ適法となるものであるところ、右必要性が存在する場合には調査対象者において調査の受忍義務があることになるが、調査対象者にとつては、調査を受けるに際し、その受忍義務を負担する場合か否かを認識する必要があり、これは調査者の側からいうと、調査の必要性の実行性を担保する手続を採することが必要となるのである。したがつて、調査対象者は調査の理由の開示を求める権利を有するというべきであり、調査対象者が調査理由の開示を求める限り、調査者はこれを具体的に開示する義務を負うものというべきである。

そして、右の関係から、調査対象者の調査理由の開示要求に対して、調査者から調査理由の開示がない場合には、調査対象者はその調査を適法に拒むことができることになる。

(3) 所得税に関する調査は任意調査であるので、調査対象者の承諾が不可欠である。したがつて、調査者は、調査を適正に行う手続の要件として、調査の事前通知をすることが義務付けられているというべきである。

(4) 所得税法二三四条一項三号は、調査の一方法として反面調査を行うことができる旨規定しているが、反面調査は、調査対象者に対する調査以上に、同人の信用、営業上の不利益が発生し、同人の人権、私的利益との衝突がより重大となる。したがつて、反面調査を行う場合には、調査対象者に対する調査手続以上に厳格な手続が採られなければならないというべきであり、反面調査の行使は、調査対象者に対する調査だけでは課税標準及び税額等の内容が把握できないことが明らかとなつた場合に限り、かつ、調査対象者に対して反面調査の必要性とその範囲、日時について事前に通知して、同人の承諾を得るという手続を採ることが必要であるというべきである。

(5) 所得税に関する調査を適法に行うには右(1)の調査の必要性があり、かつ、右(2)ないし(4)の手続を採らなければならないが、本件においては、前記三の1の(二)のとおり、他に所得があることを疑わせる合理的な理由と客観的な根拠がないことは被告の自認するところであるから、調査の必要性はなく、また、廣瀬係官の調査は、右(2)ないし(4)の各手続要件のいずれも履践することなく行われたものであるから違法である。

推計課税は、実額課税に対し、補充的、例外的にのみ許されるものであり、これは先行する調査が適法にされることが前提として必要であるから、右違法な調査によつて収集された資料に基づいて推計課税により行われた本件処分も違法となるものである。

3  同3(推計課税の必要性及び合理性)について

(一) 争う。

(二) 反論。

右2の(二)の(5)のとおり、本件処分に係る調査手続は違法であるから、原告においてこれを受忍する義務はなく、これに協力して資料等を呈示する必要はない。したがつて、原告が資料等を提示しなかつたとしても、このことをもつて原告を不利益に扱うことは許されないから、推計課税の必要性は認められない。

原告は、本件係争年分において売上帳をつけておらず、また、領収書等も紛失廃棄により完全には残つていないので、完璧な意味での実額を認定することは困難であるが、原告の売上げはその殆どが小切手などにより原告の銀行口座を通じて回収されており、現金取引はあつてもごく僅かであるから、今日までに把握、判明した売上金額はかなりの程度、実体に即したものである。また、外注費等についても、審査裁決の段階及び本訴で明らかになつたものを合算すればほぼ正確な金額を算出することができるから、昭和五二年分及び昭和五三年分についても実額課税が可能であり、推計の必要性はないというべきである。

仮に右両年分の所得金額が実額で把握できないとしても、被告が行う推計は、基礎資料の正確性が担保されておらず、また、推計方法として本人率を用いた比率法によつているが、原告の業務内容、業務量は年度ごとに相当の違いがあり、本人率を用いて推計するのは合理性がない。さらに、被告は、本件処分段階では推計方法として同業者率を用いた比率法により推計していたが、本訴においては本人率を用いた比率法により推計しており、これは本件処分において認定された所得金額を上回る所得金額を出すために、恣意的に推計方法を変更しているもので、この点においても推計の合理性がないものである。

4  同4(昭和五四年分の事業所得)について

(一) (一)(総収入金額)は、(1)ないし(17)、(19)、(20)、(22)及び(24)の売上金額並びに(18)のうち二万円、(23)のうち二万七一五〇円及び(25)のうち二〇円の各限度で売上金額があつたことは認め、その余の事実は否認する。

(21)は、高明精機製作所の販路開拓を頼まれていた原告が、国際歯科貿易(株)に紹介した同製作所製作の歯科の医療器具に関し、国際歯科貿易(株)が支払つた代金を原告が同製作所に代わつて受領したにすぎないものであつて、しかも原告は、右代金をそのまま同製作所へ引き渡しているのであるから、右金員は、原告の事業収入となるものではない。

次に、被告は、(23)の岡田精機に係る売上金額について当初二万七一五〇円と主張し、後に右金額を三万円に増額する旨の主張を訂正した。しかし、原告は、右主張の訂正には異議がある。また、右三万円のうち、昭和五四年一月に原告に支払われた二九〇〇円の債権は、昭和五三年中に発生したものであるから、昭和五四年分の売上げとして計上すべきものではない。

さらに、被告は(25)の黒岩に係る売上金額について当初二五万円と主張し、原告は二〇万円の限度で右売上金額を認めていたが、被告は後に九七万八〇二五円に増額する旨主張を訂正した。しかし、原告が右のとおり被告が主張した二五万円の売上金額の一部を認めたことは、黒岩に係るものとして、少なくとも二五万円を超える売上金額がないことについて自白が成立していたものというべきである。したがつて、二五万円を超える売上金額に主張を訂正するのは、自己に不利益な陳述の訂正となり、許されないものであるから、原告は右主張の訂正に異議がある。

また、右主張は、本訴係属後に被告が黒岩に対して行つた調査に基づくものであるが、右調査方法及び態様は不相当であり、無限定かつ恣意的な調査であるから違法であり、右違法な調査に基づく主張は許されない。

(二) (二)(売上原価)の事実は認める。

(三) (三)(差引収入金額)の事実は否認する。

(四) (四)(一般経費)の事実は認める。

(五) (五)(その他の経費)の事実は認める。ただし、外注費の総額は争う。外注費については、被告主張額のほかに、原告は高明精機製作所に対する三〇万円を下らない外注費がある。

(六) (六)(事業専従者控除額)の事実は認める。

(七) (七)(事業所得の金額)の事実は否認する。

5  同5(昭和五三年分の事業所得)について

(一) (一)(差引収入金額)の事実は否認する。

(二) (二)(一般経費)は否認する。

(三) (三)(その他の経費)の事実は認める。

(四) (四)(事業専従者控除額)の事実は認める。

(五) (五)(事業所得の金額)の事実は否認する。

6  同6(昭和五二年分の事業所得)について

(一) (一)(差引収入金額)の事実は否認する。

(二) (二)(一般経費)の事実は否認する。

(三) (三)(その他の経費)の事実は認める。

(四) (四)(事業専従者控除額)の事実は認める。

(五) (五)(事業所得の金額)の事実は否認する。

7  同7(本件更正の適法性)のうち、原告には本件係争年分を通じて事業所得以外の各種所得がないことは認め、その余は争う。

8  同8(本訴賦課決定の適法性)は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件処分の存在及び不服申立ての前置について

請求原因1(本件処分の存在)及び2(不服申立ての経由)の事実は、裁決書の送達の日を除き、当事者間に争いがない。

そして、弁論の全趣旨によれば、昭和五八年六月四日、本件処分にかかる裁決書が原告に送達されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  本件処分に係る調査手続の違法の有無について

原告は、本件処分に係る調査の手続的違法を理由に本件処分の取消しを求めるので、この点につき検討する。

1  調査の必要性について

まず、原告は、本件処分に係る調査の必要性がなかつた旨主張する。

所得税法二三四条一項は、税務署等の職員は所得税に関する調査について必要があるときは質問又は帳簿書類その他の物件を検査することができる旨規定している。調査の必要性については、その具体的内容について実体法上特別の規定が置かれていないこと、調査は、国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するためにあるものであることからすると、課税権者は適正な租税負担の実現のため、過少申告の疑いが存在する場合のみならず、そのような疑いが当初から明らかでない場合でも、申告の真実性、正確性を確かめるために、調査を行い得るものと解するのが相当である。

原告が提出した本件係争年分の各確定申告書は、いずれも「所得金額」欄に数額が記載されていただけで、「収入金額」及び「必要経費」の各欄には何らの記載がなく、所得の算定過程として事業専従者控除に関する事項が記載されているのみであつたこと、原告は、被告が白色申告者の事業所得者に対して提出を依頼している収支明細書の提出をしていないこと、被告は、右確定申告書自体からは原告の本件係争年分の各所得金額の算出過程、収支状況を検討することができず、その所得金額の適否について確認ができなかつたことは、当事者間に争いがない。

右の原告が提出した本件係争年分の各確定申告書の内容からすると、被告において、原告の本件係争年分の各申告額の算出過程、収支状況を検討することができないから、その適否について確認する必要性があると認めるに足りる客観的事情があつたということができ、被告においてその適否の確認をする必要性があるとした判断は合理的であつたと認められる。そして、申告額の適否につき確認する必要性は、調査の必要性の根拠となることは右に述べたとおりであるから、本件処分に係る調査の必要性を認めることができる。

したがつて、原告の右主張は採用できない。

2  調査手続の違法について

次に原告は、本件処分に係る調査では、調査の事前通知及び調査理由の開示がなく、また、反面調査の必要性がないにもかかわらず、原告の承諾を得ないで反面調査を行つた違法があり、右違法な調査によつて収集された資料に基づいた推計課税による本件処分は違法であると主張する。

ところで、税務調査に際して刑事法令違反、公序良俗違反などが認められるといつた例外的な場合はともかく、一般には、税務調査手続の違法は課税処分の取消自由たる瑕疵に当たらないと解するのが相当であり、原告が主張する本件処分に係る調査の違法事由ついては、仮にそれが認められるとしても、到底、右例外的な場合に当たらないことは明白であるのみならず、以下に述べるとおり、本件処分に係る調査手続には違法があるとは認められない。

すなわち、調査の範囲、程度、時期、場所、方法等の実施の細目については、所得税法二三四条その他の関係法令には特別の定めが置かれておらず、調査の事前通知、調査理由の開示及び反面調査における調査対象者の承諾の必要については、調査権行使の要件として税法上要請されていないことからすると、調査の必要性がある限り、その実施方法については税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。そうすると、調査の事前通知がないことや、調査理由の開示がないこと、あるいは調査対象者の承諾なしにその取引先、銀行等に対して反面調査を行つたとしても、直ちに違法となるものではなく、それが税務職員に委ねられた裁量権の範囲を逸脱した場合に限り違法となるものというべきである。本件については、本件処分に係る調査の必要性があると認められることについては右1で述べたとおりであり、また、原告自身において廣瀬係官が来訪の理由として所得の確認に来たと述べたことを自認しており、これは抽象的とはいえ調査の必要性の理由が原告に告げられているといえることなどの事情もあり、他方、同係官の調査手続に裁量権の逸脱があつた事実を窺わせるに足りる証拠はない。そして、被告が右調査により収集した資料そのものに関して、推計課税の基礎資料にすることが許されないとする事情も全く窺えない。

したがつて、原告の右主張は採用できない。

三  原告の事業所得について

そこで、以下原告の本件係争年分の各事業所得金額について検討する。

1  昭和五四年分の事業所得金額

(一)  総収入(売上)金額について

(1) 争いのない売上金額

抗弁4(昭和五四年分の事業所得)の(一)(総収入(売上)金額)のうち、(1)ないし(17)、(19)、(20)、(22)及び(24)に記載する売上金額(右合計二九三八万〇二二八円)は当事者間に争いがない。また、(18)のうち二万円、(23)のうち二万七一五〇円及び(25)のうち二〇万円(右合計二四万七一五〇円)の売上金額があつたことも、当事者間に争いがない。

(2) (有)山善工業に係る売上金額

官署作成部分について成立に争いがなく、その余の部分について弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証によれば、(有)山善工業は、昭和五四年中の取引に係る仕入代金として、原告に対し合計五万六一〇〇円の支払いをしていることが認められる。原告本人尋問の中には、原告の得意先に(有)山善工業があつたことの記憶がない旨供述する部分があるが、原告は、右(1)のとおり昭和五四年中に(有)山善工業に対する二万円の売上げがあつたことを自認するところであるから、供述部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告の(有)山善工業に係る昭和五四年分の売上げは、前記争いのない二万円を含めた総計五万六一〇〇円であることが認められる。

(3) 国際歯科貿易(株)に係る売上金額

原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証の一ないし四及び原告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五四年中に高明精機製作所の歯科の医療器具であるハンドピースを国際歯科貿易(株)に譲渡したことがあること、原告は、国際歯科貿易(株)から、同年二月一日に同器具二個分の代金として一万一〇〇〇円、同年三月一二日に同器具五個分の代金として二万七五〇〇円の支払いを受けていることが認められる。これについて原告は、同本人尋問中において、右代金は、原告が同製作所の販路開拓のためにいわば仲介人として右器具を国際歯科貿易(株)に紹介し、同会社が同製作所に支払うべき右器具の代金を、同製作所の代わりに受領したのすぎないものであつて、右器具は原告がその販売業をするために同製作所から仕入れたものではない旨供述する部分がある。しかし、単に同製作所の販路開拓のために右器具を関係者に紹介するというのであれば、通常一回紹介すればそれで足りるものであり、その後は同製作所との直接取引に移つてしかるべきであると考えられるところ、右器具の代金の入金は異なる機会に二回にわたり行われていることからすると、右器具の譲渡行為も少なくとも二回にわたり行われたと推認することができ、右器具の譲渡行為が単なる右器具の紹介をしたにすぎないものであるとするには不自然な点があること、右器具の譲渡行為が単なる右器具の紹介をしたにすぎないのであれば、通常その代金は直接同製作所に送金されるものと考えられるところ、前掲乙第四号証の一ないし三によれば、一回目の入金については原告名義で領収書を出していること、二回目の入金分については、原告が同人の名前で請求書を出し、また、その支払について、原告が国際歯科貿易(株)に対して原告の現行口座に振り込む方法を指定していることが認められ、これについて通常とは異なる右の支払方法を採つた特段の理由が窺われないことからすると、原告の右供述部分はにわかに信用できず、採用できない。

以上の事実を総合すれば、右で認定した原告が国際歯科貿易(株)から受領した三万八五〇〇円は、原告の昭和五四年分の売上収入になるというべきである。ところで、原告は、右収入に関して、国際歯科貿易(株)に譲渡した右器具の代金額と同額の金員を高明精機製作所に支払つている旨主張し、同本人尋問の結果によれば、右主張が一応認められ、これを覆すに足りる適確な証拠はない。そうすると、原告は、右器具の譲渡に関して収入金額と同額の仕入代金を同製作所に支払つたものとみられるから、右支払代金は右器具の売上に係る原価としてみなければならないということになる。

(4) 岡田精機に係る売上金額

官署作成部分について成立に争いがなく、その余の部分について証人安達繁の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証及び同商人の証言によれば、岡田精機は原告に対して昭和五四年中の取引に係る外注代金として、同年一月に二九〇〇円、同年三月に一万一五五〇円、同年七月に一万五六〇〇円の合計三万〇〇五〇円を計上したこと、右外注代金の決済は、同年一月分については岡田義一が小切手で支払い、その余(ただし、同年三月分については五〇円減額された一万一五〇〇円である。)については同人の子である岡田典夫が支払うことにより行われた(以上の支払合計額は三万円となる。)ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、右外注代金のうち、昭和五四年一月分の二九〇〇円は昭和五三年中に発生したものであると主張するが、証人安達繁の証言によれば、同人は岡田精機に対し、昭和五四年分の原告に対する外注代金の調査を依頼し、これに対して岡田精機から同年分の原告に対する外注代金として右認定の各支払いをした旨の回答があつたことが認められることからすると、右二九〇〇円の支払いは同年分の取引に係るものと推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告の岡田精機に対する昭和五四年分の売上げは、争いのない二万七一五〇円を含めた三万円を下回らないものと認められる。

ところで、原告は、岡田精機に対する昭和五四年分の売上金額について、被告が当初主張していた二万七一五〇円を三万円に増額する主張の訂正をしたことにつき異議がある旨主張するが、被告の当初の売上金額の主張は、原告の売上げをすべて把握したうえのものではないと考えられ、その主張された金額というのは、原告の売上金額が被告の把握した確実なもので、その金額を下回ることがないとの趣旨であると解されるから、当初主張の金額について仮に原告の自白が成立している場合であつても(ちなみに、自白とは相手方が証明責任を負う事実を認める旨の陳述であるから、抗弁について自白の拘束力が生じるのは原告であることは論を俟たない。)被告において新たに別個の売上げを付加して、右金額を超える売上金額を主張することは、原告のした自白の拘束力に関わりのあるものではなく、被告の右主張の訂正は何ら妨げがないというべきであり、また、右主張の訂正が時期に遅れたものとも認められないので、右主張の訂正が認められない理由はない。

(5) 黒岩に係る売上金額

<1> 証人黒岩勇の証言により真正に成立したものと認められる甲第一二号証、乙第一七、第一八号証、同証言により原本の存在及び成立の真正が認められる乙第三九号証の一ないし三三、証人安達繁の証言により真正に成立したものと認められる乙第一六号証の一、二、同証言により原本の存在及び成立の真正が認められる乙第七号証の一ないし一一八、第九号証の一ないし五四、第一一号証の一ないし一三、第一二号証の一、二、第一三号証の一ないし四、証人黒岩勇の証言、原告本人尋問の結果によれば、黒岩は、昭和五四年中に(有)松岡製作所、(株)小宮鉄工所、江戸川精機(株)、青木製作所(青木正雄)及び(株)大旺製作所から、金属機械部品の研磨加工を請け負つていたこと(以下、右請負先会社等を「受注先」という。)、黒岩自身は研磨加工の工場及び技術を有していなかつたので、受注先から請け負つたものについてはすべて他の研磨加工業者へ外注していたこと、そのうち円筒研磨加工については原告及び坂入製作所だけに外注指定すること、黒岩は、外注費と自己の利益分(マージン)との合計額を請負代金額として受注先に請求していたこと、なお、受注する円筒研磨加工の中に「焼き入れ」と称する熱処理加工を必要とするものがあり、この場合には、原告及び坂入製作所以外の業者に別途焼き入れ加工を外注し、研磨加工外注費及び利益分に焼き入れ加工代金を上積みしたものを請負代金額として受注先に請求していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠は無い。

<2> 前掲乙第七号証の一、三、四、九、一四、二一、二四、二六、二七、三〇、三四、三ろくないし三八、四二、五〇、五四、五六、五八、六二、六六、六七、六九、七一、七七、七八、八二、九一、九三、九六、九七、一〇二、一〇四、一〇五、一〇七、一〇九、一一一、一一二、一一七、第一八号証、証人安達繁の証言により原本の存在及び成立の真正が認められる乙第五、第六号証、証人黒岩勇の証言により、真正に成立したものと認められる乙第四三号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四二号証、証人黒岩勇の証言によれば、黒岩が昭和五四年中に(有)松岡製作所から請け負つた円筒研磨加工の内容及び同会社に請求した請負代金額は、別紙四の1の<1>ないし<5>のとおりであり、そのうち、番号2及び六六のものは焼き入れ加工を行つたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

<3> 前掲乙第九号証拠の三、五、九、一七、二二、二四、二七、二九、三七、四一、四三、四七、四八、五二ないし五四、第一八号証、官署作成部分について成立に争いがなく、その余の部分について証人安達繁の証言により真正に成立したものと認められる乙第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四〇号証、証人黒岩勇の証言によれば、黒岩が昭和五四年中に(株)小宮鉄工所から請け負つた円筒研磨加工の内容及び同会社に請求した請負代金額は、別紙四の2の<1>ないし<3>のとおりであり(なお、番号16及び30については、前掲乙第九号証の二九、五二によれば、黒岩はそれぞれ括弧内の金額を請求していることが認められるのであるが、右金額には違算があり、証人黒岩勇の証言によれば、真実の請求書は「正」と記した金額であることが認められる。)、そのうち番号1、2、9ないし12、14ないし22、27、28、30ないし34のものは焼き入れ加工を行つたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

<4> 前掲乙第一八号証、第三九号証の一ないし三二、官署作成部分について成立に争いがなく、その余の部分について証人安達繁の証言により真正に成立したものと認められる乙第一四、第一五号証、商人黒岩勇の証言によれば、黒岩が昭和五四年中に江戸川精機(株)から請け負つた円筒研磨加工の内容及び同会社に請求した請負代金額は、別紙四の3の<1>ないし<3>のとおりであり(なお、番号1、27及び28については、前掲乙第三九号証の二、二一、二三によれば、それぞれ括弧内の金額を請求していることが認められるのであるから、右金額には違算があり、証人黒岩勇の証言によれば、真実の請求額は「正」と記した金額であることが認められる。)そのうち番号1ないし4、一九、二七のものは焼き入れ加工を行つたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

<5> 前掲乙第一一号証の三、九、第一八号証、官署作成部分についえ成立に争いがなく、その余の部分について証人安達繁の証言により真正に成立したものと認められる乙第一〇号証によれば、黒岩が昭和五四年中に青木製作所から請け負つた円筒研磨加工の内容及び同製作所に請求した請負代金額は、別紙四の4のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

<6> 前掲乙第一号証、第一二号証の一、二、第一三号証の一ないし四、証人黒岩勇の証言によれば、黒岩が昭和五四年中に(株)大旺製作所から請け負つた円筒研磨加工の内容及び同会社に請求した請負代金額は、別紙四の5のとおりであり、いずれも焼き入れ加工を行つたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

<7> そこで、昭和五四年分における黒岩が円筒研磨加工につき受注先に請求した請負代金額に占める黒岩の利益分及び焼き入れ加工代金について検討する。

まず、利益分については、黒岩は、大蔵事務官に対する聴取書(前掲乙第一七号証)では、外注費の一〇パーセントないし二〇パーセントである旨、東京国税局長の照会書に対する回答(証人黒岩勇の証言により真正に成立したものと認められる乙第四三号証の二)では、遠隔地に所在する江戸川精機(株)に対しては外注費の三五パーセント、その他の受注先に対しては外注費の二〇パーセントないし三〇パーセントである旨、黒岩の報告書(前掲甲第一二号証)では、受注先に対する売上の二〇パーセントないし三〇パーセントくらいで、江戸川精機(株)などの遠方の受注先の場合には更に上乗せしていた旨、証人黒岩勇の証言中では、平均すると二〇パーセントから三〇パーセントであるが、五〇パーセントにした場合もあつた旨それぞれ述べており、必ずしも一貫したものではない。さらに、右の数値は、黒岩自身も、客観的な資料に基づいたものでなく、はつきりした記憶に基づかないものであることを認めていることからすると、右数値の正確性について疑問が残るところである。

そして、原本の存在及び成立に争いのない甲第一七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一六号証によれば、黒岩が江戸川精機(株)から請け負つた円筒研磨加工を原告に外注したものについて、黒岩が昭和五七年四月一五日付けで右会社に対して請求した請負代金の単価と原告がそれについて同月二六日付けで請求した外注費の金額の単価(いずれも焼き入れ加工を行なわないもの)及びその利益分の割合は、別紙七のとおりとなることが認められる。そして、その利益分の割合をみると、外注費に対し最低のもので三五・七一パーセント、最大のもので一〇〇パーセントとなつている。

右の取引実例はわずか一例であり、しかも本件係争年分とは異なる年分のものではあるが、右では認定される黒岩の利益分によれば、黒岩の本件係争年分意おける利益分が、被告の主張する江戸川精機(株)については外注費の三五パーセント、その他の受注先については三〇パーセントという割合に留まるものと認めることはできないというべきである。しかしまた、黒岩が設定していた利益分の平均的割合を適正に算定するに足りる証拠も見当たらないが、原告においても、黒岩が右で認定される利益分の最高割合である外注費に対して一〇〇パーセントの割合による利益分以上の割合で利益分を設定したことまでは主張しておらず、かつ、そのような事実を窺わす証拠がないことからすると、黒岩が設定していた利益分の割合は右数値を超えることがなかつたものと推認することができ、したがつて、黒岩は、少なくても、請負代金額から右数値による利益分及び焼き入れ加工代金を差し引いた金額を外注費として支払つていたものと認めるのが相当である。

次に焼き入れ加工代金については、黒岩は、大蔵事務官に対する聴取書(前掲乙第一八号証)では、加工代金の二〇パーセントくらいである旨、東京国税局長の照会書に対する回答(前掲第四三号証の二)では、外注代金の合計額の二〇パーセントを超えることはない旨それぞれ述べていて、その間に一貫性があること、焼き入れ加工代金については、利益分と異なり、右割合に関する陳述を疑わせるに足りる客観的な証拠がないことに照らせば、焼き入れ加工代金は請負代金額全体の二〇パーセントを超えないものと認めるのが相当である。証人黒岩勇の証言中には、焼き入れ加工代金は品物の大きさによつて異なる旨供述する部分があるが、同供述は右に認定した割合を超えることを意味するものとまでは解せられず、右認定を左右するに足りるものではない。

<8> 以上<2>ないし<6>で認定される黒岩の受注先に対する請負代金額の合計一四七万八三九〇円(焼き入れ加工を行つたものの合計は四三万四四八〇円、焼き入れ加工のないものの合計は一〇四万三九一〇円)に、利益分が外注費対して一〇〇パーセントの割合、焼き入れ加工代金が請負代金額の二〇パーセントとして黒岩の昭和五四年中における円筒研磨加工の外注費の合計を求めると、次式のとおり、六九万五七四七円となる。

(ⅰ) 焼き入れ加工のないもの

1,043,910÷(1+1)=521,955

(ⅱ) 焼き入れ加工のあるもの

434,480÷(1+1)×(1-0.)=173,792

(ⅰ)+(ⅱ)=695,747

<9> 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四一号証、証人黒岩勇の証言により成立したものと認められる乙第四三号証の三、同証人の証言(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、黒岩が昭和五四年中に坂入製作所に対して支払つた外注費は、円筒研磨加工及び平面研磨加工を合わせて月額七〇〇〇円ないし八〇〇〇円以下であり、年額一〇万円を超えたことはなかつたこと、右金額のうち円筒研磨加工の占める割合は八〇パーセントくらいであることが認められ、坂入製作所に対する円筒研磨加工と平面研磨加工の外注割合に関する証人黒岩の供述部分は前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定によれば、黒岩が昭和五四年中に坂入製作所に支払つた円筒研磨加工の外注費は七万六八〇〇円(8,000×12×0.8=76,800)を超えないものと認められる。

<10> 黒岩が請け負つた円筒研磨加工を外注した先が原告と坂入製作所だけであることは先に認定したとおりであるから、前期<8>で認定された円筒研磨加工の外注費総額から右<9>で認定された坂入製作所に対する円筒研磨加工外注費を差し引いた六一万八九四七円が、昭和五四年中に黒岩が原告に対して支払つた円筒研磨加工代金となる。

したがつてて、原告は昭和五四年中に黒岩に係る円筒研磨加工外注請負代金として、少なくとも、前記争いのない二〇万円を含めた六一万八九四七円の売上げがあつたものと認められる。

なお、原告は、被告が行つた黒岩に係る売上金額を二五万円を超えたものに増額する主張の訂正は許されず、異議がある旨主張するが、前記(4)で述べたのと同様の理由で、被告の右主張の訂正は原告のした自白の拘束力と関わりがなく、また、時期に遅れたものとも認められず、被告による主張の訂正が許されないとする理由はないから、原告の右主張は採用できない。

(6) したがつて、原告の昭和五四年分の総収入(売上)金額は、右(1)の前段、(2)ないし(5)の合計金額である三〇一二万三七七五円となる。

(二) 売上原価について

原告の昭和五四年分の売上原価が一九四〇万九二〇六円であることは、当事者間に争いがない。ところで、弁論の全趣旨によれば、右売上原価は原告の営む金属研磨加工業だけに係るものであると認められるので、右(一)の(8)でのべた歯科の医療器具の売上収入に係る売上原価であると認められる三万八五〇〇円は含まれていないものである。

そうすると、原告の昭和五四年分の売上に係る原価は右の合計金額である一九四四万七七〇六円となる。

(三) 一般経費(外注費を除く)について

原告の昭和五四年分の一般経費(外注費を除く)が八四万〇八三一円であることは、当事者間に争いがない。

(四) その他の経費について

(1) 原告の昭和五四年分の外注費を除くその他の経費が六一万〇二二四円であることは、当事者間に争いがない。

(2) 原告の同年分の外注費について、原告は、被告が主張する別紙六の「昭和五四年分」の欄に記載するものの外に、高明精機製作所に対する三〇万円を下らない外注費がある旨主張し(したがつて、右別紙に記載する外注費合計六〇三万三三九八円については争いがない。)、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がある。しかし、原告の右供述は金額も曖昧で、可能性の域を出ない抽象的なものであるうえ、右主張事実を裏付ける客観的な資料は何もないから、右主張事実はないものと認めるのが相当である。

(3) そうすると、原告の昭和五四年分のその他の経費は、合計六六四万三六二二円となる(右のうち、外注等経費額は六四八万四八九八円である。)

(五) 事業専従者控除額について

原告の昭和五四年分の事業専従者控除額が四〇万円であることは、当事者間に争いがない。

(六) まとめ

以上によれば、原告の昭和五四年分の事業所得は、(一)から(二)ないし(五)を差し引いた二七九万一六一六円となる。

2  昭和五二年分及び昭和五三年分の各所得金額の推計について

(一)  証人廣瀬孝幸の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件係争年分における事業に関する帳簿の作成をしたいなかつたこと、原告は、本件処分に係る調査において、本件係争年分の事業所得金額の実額を算定するのに必要な書類等の提示を一切しなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定によれば、被告は、本件処分時において本件係争年分における原告の事業所得の実額を把握することが困難であつたものということができるから、本件係争年分について推計による課税の必要性があつたものと認められる。

なお、原告は、本訴までに現れた資料によれば、原告の昭和五二年分及び昭和五三年分の各所得金額が実額で把握できる旨主張する(抗弁に対する認否及び原告の反論3の(二)の第二段)。被告は、本訴において、昭和五四年分の所得金額については実額で主張しているが、これは、異議申立て後に原告が被告に対して同年分に係る外注費の領収書及びその余の必要経費の一部の領収書を提出したために、同年分の原告の所得金額について実額で把握できたことによるものであり(右事実は、成立に争いのない甲第三号証の二、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により認められる。)、昭和五二年分及び昭和五三年分については、右証拠によれば、異議申立て後も、原告から右両年分に関する領収書等原告の所得金額を実額で把握することが可能となる資料等が提出されなかつたことが認められる。そうすると、昭和五四年分の所得金額について実額で把握できたことをもつて、昭和五二年分及び昭和五三年分の所得金額が実額で把握できる根拠となることはないというべきである。そして、本訴においても、原告及び被告の間では右両年分の各売上原価、一般経費(外注費を除く)を除くその他の経費及び事業専従者控除額については争いがないので、この部分については実額で把握できているのであるが、その外の各総収入金額及び一般経費の額を実額で認定し得るに足りる証拠はないのである。

したがつて、原告の右主張は採用できない。

(二)  次に原告は、昭和五二年分及び昭和五三年分の各所得金額を昭和五四年分の所得金額から算定される本人率を用いた比率法により推計するのは合理性がない旨主張する。

証人安達繁の証言にほり真正に成立したものと認められる乙第三八号証、同証人の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告の営む金属部品受託加工業は本件係争年文を通じて行われており、その間、事業形態及び事業設備に変化はないこと、本件係争年分における原告の事業用動力及び電灯の各電気使用量はほぼ一定であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定によれば、原告の事業は本件係争年分を通じてほぼ同一の事業内容であつたものと推認できる。なお、原告は、同本人尋問において、原告の事業は多種、少量の雑多な金属部品の加工請負であり、外注に回す仕事量、仕事内容も年によつて変動があると供述するが、右の実額は原告の本件係争年分を通じての業績、業態を異ならしめる程のものとは認め難く、右認定を左右するに足りるものではない。また、当事者間に争いのない本件係争年分の各給料、賃金の額を見ると、昭和五四年分がその余の年分に比べて多額であるが、原告の事業実績を反映すると考えられる事業用動力の電気使用量がほぼ同じであることからすると、右の事態も先の認定を左右するに足りるものではない。

そうすると、昭和五二年分及び昭和五三年分と昭和五四年分との間の原告の業態、業況には格別の変動がないものと認められること、一般的に事業収入と事業に係る外注等経費との間には対応関係があると認められところ、原告の事業についてこの対応関係がないことを窺わす事情が認められないことからすると、実額で把握できた昭和五四年分の収入及び必要経費の額を基にして算定される本人率を用いた比率法により、昭和五二年分及び昭和五三年分の所得金額を推計する方法は合理性があるというべきである。

したがつて、原告の右主張も採用できない。

なお、本件処分時には右両年分の所得金額は昭和五四年分の所得金額も併せて同業者率を用いた比率法により推計されていたが、本訴においては本人率を用いた比率法により推計されているとの原告の主張については、右のとおり本件係争年分を通じて原告の業態、業況に格別の変動がない以上、営業内容、規模、立地条件等が必ずしも同じでない同業者から比準する同業者率によるよりも、本人率による方が推計方法としてはより合理的というべきである。

3  昭和五三年分の事業所得金額

(一)  本人率として採用される一般経費率及び外注等経費率について

前記1で認定した原告の昭和五四年分の収入及び支出金額に基づき同年分の一般経費率及び外注等経費率を算出し、これによつて昭和五二年分及び昭和五三年分の所得金額を推計することになるが、原告は右両年中において昭和五四年中と同じ金属研磨加工業を営んでいたことは当事者間に争いがないが、昭和五二年及び昭和五三年中に、原告に収入が生じる原因となる事業として高明精機製作所の製品の販売業又は金属研磨加工業以外の事業を行つていたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、右両年分の原告の所得金額を推計する場合、その本人率の算出に当たつて昭和五四年分における金属研磨加工業に係らない収入及び支出金額を含めるのは相当でない。したがつて、以下で原告の昭和五二年分及び昭和五三年分の所得金額を推計するに当たり採用する一般経費率及び外注等経費率の基礎となる原告の同年分の収入金額は三〇〇八万五二七五円(前記1の(一)の(6)の総収入(売上)金額三〇一二万三七七五円から前記1の(一)の(3)の国際歯科貿易(株)に係る売上金額三万八五〇〇円を差し引いたもの。)、支出金額は一九四〇万九二〇六円(前記1の(二)の売上原価一九四四万七七〇六円から前記1の(一)の(3)の国際歯科貿易(株)に係る売上原価三万八五〇〇円を差し引いたもの。)となる。

そして、右各金額に基づき同年分の一般経費率及び外注等経費率を算出すると、一般経費率は七・八八パーセント(840,831÷(30,085,275-19,409,206)≒0.0788)、外注等経費率は六〇・七四パーセント(6,484,898÷(30,085,275-19,409,206)≒0.6074)となる。

(二)  争いのない事実

昭和五三年分のその他の経費が六六九万〇五二六円(うち外注等経費額は六五五万一四二九円である。)であること、事業専従者控除額が四〇万円であることは、当事者間に争いがない。

(三)  差引収入金額について

右(一)及び(二)により昭和五三年分の差引収入金額を求めると一〇七八万六〇二〇円(6,551,429÷0.6074≒10,786,020円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

(四)  一般経費(外注費を除く)について

右(一)及び(三)により昭和五三年分の一般経費(外注費を除く)の額を求めると八四万九九三八円(10,786,020×0.0788≒849,938)となる。

(五)  まとめ

以上によれば、原告の昭和五三年分の事業所得は、(三)の差引収入金額から(二)のその他の経費及び事業専従者控除額並びに(四)の一般経費(外注費を除く)を差し引いた二八四万五五五六円となる。

4  昭和五二年分の事業所得金額

(一)  争いのない事業

昭和五二年分のその他の経費が五九二万九三三四円(うち外注等経費額は五七九万五七八三円である。)であること、事業専従者控除額が四〇万円であることは、当事者間に争いがない。

(二)  差引収入金額について

前記3の(一)で算出した外注等経費により昭和五二年分の差引収入金額を求めめると九五四万一九五四円(5,795,783÷0.6074≒9,541,954)となる。

(三)  一般経費(外注費を除く)について

前記3の(一)で算出した一般経費率及び右(二)の差引収入金額に基づき昭和五二年分の一般経費(外注を除く)の額を求めると七五万一九〇五円(9,541,954×0.0788≒751,905)となる。

(四)  まとめ

以上によれば、原告の昭和五二年分の事業所得は、(二)の差引収入金額から(一)のその他の経費及び事業専従者控除額並びに(三)の一般経費(外注費を除く)を差し引いた二四六万〇七一五円となる。

四  本件更正の適法性について

原告には本件係争年分を通じて事業所得以外の各種所得がないことは当事者間に争いがないので、前記三の1、3及び4で認定した原告の本件係争年分の各事業所得金額が本件係争年分の各総所得金額となる。

そうすると、原告の昭和五二年分及び昭和五三年分更正(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。)は、いずれも右認定の各総所得金額の範囲内でされたものであるから適法である。

昭和五四年分については、同年分更正(ただし、異議決定により一部取り消された後のもの。)における総所得金額は二八六万四二八六円であるから、右認定の同年分の総所得金額二七九万一六一六円と超える部分は、原告の所得を過大に認定した違法なものである。そして、右認定された総所得金額に対する納付すべき税額は、前記三の1で認定した各金額及び成立に争いがない甲第一号証、第二号証の各三及び弁論の全趣旨により認められる所得控除金額によれば、別紙八のとおり二五万六〇〇〇円となる。

五  本件賦課決定の適法性について

前記一並びに三の3及び4によれば、原告は昭和五二年分及び昭和五三年分の各所得税につき過少に申告したものであるので、国税通則法六五条一項の規定に基づき、昭和五二年分及び昭和五三年分更正により納付すべき所得金額(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のものであり、同法一一八条三項により一〇〇〇円未満を切り捨てた金額。)である昭和五二年分については一二万六〇〇〇円、昭和五三年分については一六万五〇〇〇円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した額(同法一一九条四項により一〇〇円未満を切り捨て。)に相当する昭和五二年分については六三〇〇円、昭和五三年分については八二〇〇円の過少申告加算税額が課せられるべきであるから、右両年分に係る本件賦課決定はいずれも適法である。

昭和五四年分については、前記一及び三の1によれば申告に係る総所得金額から前記三の1で認定される総所得金額二七九万一六一六円の範囲内の部分について、原告は過少に申告したものであるから、この部分に係る昭和五四年分賦課決定は適法であるところ、右に係る過少申告加算税は別紙八のとおり九九〇〇円となるから、これを超える部分は取り消しを免れない。

六  結論

以上のとおり、原告の本訴請求のうち、昭和五二年分及び昭和五三年分更正及び賦課決定の取消しを求める請求はいずれも理由がないので棄却することとし、昭和五四年分更正及び賦課決定の取消しを求める請求は、右更正のうち総所得金額二七九万一六一六円、納付すべき税額二五万六〇〇〇円を超える部分及び右賦課決定のうち九九〇〇円を超える部分を取り消す限度で理由があるから認容し、その余の部分は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七、民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田幸夫 裁判官 加藤就一 裁判官 青野洋士)

別紙一

本件処分の経緯(昭和五二年分)

<省略>

別紙二

本件処分の経緯(昭和五三年分)

<省略>

別紙三

本件処分の経緯(昭和五四年分)

<省略>

別紙四-1-<1>

有限会社 松岡製作所

<省略>

(注) 金額欄の〔*〕は、「焼き入れ」加工があるものの金額であり、金額欄の小計の内書きは、「焼き入れ」加工があるものの金額である。

別紙四-1-<2>

有限会社 松岡製作所

<省略>

別紙四-1-<3>

有限会社 松岡製作所

<省略>

別紙四-1-<4>

有限会社 松岡製作所

<省略>

別紙四-1-<5>

有限会社 松岡製作所

<省略>

別紙四-2-<1>

株式会社 小宮鉄工所

<省略>

別紙四-2-<2>

株式会社 小宮鉄工所

<省略>

別紙四-2-<3>

株式会社 小宮鉄工所

<省略>

別紙四-3-<1>

江戸川精機株式会社

<省略>

別紙四-3-<2>

江戸川精機株式会社

<省略>

別紙四-3-<3>

江戸川精機株式会社

<省略>

別紙四-4

青木正雄(青木製作所)

<省略>

別紙四-5

株式会社 大旺製作所

<省略>

別紙五

原告の黒岩研磨工業所に係る売上金額の計算表(昭和54年分)

<省略>

(注1) 内書きは、「焼き入れ」加工があるものの金額である。

(注2) 江戸川精機(株)分

<1> 「焼き入れ」加工がないもの

568,950(売上金額)-115,140(「焼き入れ」加工分)=453,800

453,800÷(1+0.35)=336,148

<2> 「焼き入れ」加工があるもの

115,140÷(1+0.35)×(1-0.2*)=68,231

<3> <1>+<2>=336,148+68,231=404,379

(注3) 江戸川精機(株)以外の分

<1> 「焼き入れ」加工がないもの

909,450(売上金額)-319,340(「焼き入れ」加工分)=590,110

590,110÷(1+0.3)=453,930

<2> 「焼き入れ」加工があるもの

319,340÷(1+0.3)×(1-0.2*)=196,516

<3> <1>+<2>=453,930+196,516=650,446

(注4) 坂入製作所への円筒研磨の外注費

8,000(月額外注費)×12(月数)×0.8(外注費のうち円筒研磨の割合)=76,800

(注5) 猪股力への外注費

1,054,825(注2の<3>と注3の<3>の合計)-76,800(注4の金額)=978,025

(注6) 注2の<2>及び注3の<2>の「*」の0.2は、外注費に占める「焼き入れ」代金の割合である。

別紙六

外注費の額

<省略>

別紙七

黒岩勇の利益率(原告への外注費に対するもの)

<省略>

別紙八

昭和五四年分の納付すべき税額及び過少申告加算税の額

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例